六代目ブログ

伝統発信ブログ

味噌六太鼓

あの人の「背中」に憧れたんです♬

こんにちは、六代目彌市です(^^)/

 

あっという間に2019も

3月に突入しました!

 

つい先日「丁寧」と年始の言葉を

掲げたばかりだと思ったら、

 

もう3月、、、

 

今年もやりたい事が「山積み」ですので

春からも「丁寧」に頑張りたいと思います!

 

さて、さて

いよいよ!いよいよ始まります!!

 

昨年、五十嵐さんの奥さんにお手伝いいただき

秋田原木市場まで足を運んで仕入れた「秋田杉」での桶作り♬

 

丸太の原木から

少しずつ細かく引いていき、

 

現状ようやく桶が作れる状態にまで

製材できてきました↓↓↓

 

 

昨年、6月と9月

それぞれ2本ずつ原木をゲットし、

 

はじめて訪れた原木市場での仕入れ( ;∀;)

 

何が良い木で何が良くないのか??

さっぱりわからなかったんですが、、、

 

こうした今回の「経験」は、

必ず今後の三浦太鼓店の「音作り」に

活きてくると確信しています♬

 

今回は、少し

ここまでようやくたどり着いた軌跡を

振り返る、、、

 

そんな物語を書きたいともいます。

お時間あるときにでもゆっくり読んでいただけましたら

幸いです♬

いつもありがとうございます。

 

 

いよいよ無事に原木が仕入れられたこと、

これからいよいよその「秋田杉」で桶作りがスタートできることを、

 

今は亡き、秋田伝統工芸士

五十嵐さんにご報告させてもらいました♬

 

そもそも、

今こうして私が桶作りをしているのも、

 

この五十嵐さんの存在があったからこそなんです。

 

たった4年前の2015年までは、

三浦太鼓店の桶胴はすべてこの五十嵐さんが

作ってくれていました。

それはそれは素晴らしい桶胴づくりの技♬

 

 

まぁとにかくその「桶」がすばらしかった。

 

すばらしいと言うのは、

見た目やカタチの事ではありません。

 

太鼓にしたとき、

太鼓の命である「音」がとにかく生きていたんです。

 

この五十嵐さんが

作ってくれた「音」があったからこそ、

 

今の三浦太鼓店はありますし、

 

この「音」に出会ってなければ、

きっと私も桶作りをしてなかったと思います。

 

五十嵐さんとの出会いは、

それほど私の人生を大きく左右するほどの

影響を与えてくださる方でした。

 

そんな伝説の桶職人五十嵐さんが長年、

がんとの闘病生活をされていたと知ったのは、

 

2016年の9月、、、

突然の訃報を奥さんから知らされた後の事でした。

 

こちらが桶を発注しても、

なかなか製品ができてこなかったり、、、

 

腰が悪いからと、、、

数週間入退院を

繰り返されていましたが、

 

ご本人がお亡くなりになるまで

まさか!?がんで闘病生活をされてたなんて

 

まったく知らなかったんです。

 

そんな事もまったく知らずに

私はちょうど五十嵐さんが亡くなる1年前に、

はじめて秋田へ訪れご本人に

会いに行っています。

はじめてお会いした時の写真↑

 

 

なぜ?秋田まで会いに行ったのか

 

理由は2つありました。

 

1つは、

五十嵐さんが作ってくださる

「桶」があまりにすばらしかったので

今の三浦太鼓店があるという、

「感謝」の気持ちを伝えたかった事。

 

そして、

もうひとつは、

 

その「桶」づくりから生まれる「音」を

後世に残したいと、、、

 

私にその桶作りを教えてもらえないか?

という事を頼みに行きました。

 

結果は後日、直接五十嵐さんから

お手紙で頂戴します↓↓

↑仕事は教える事は全く考えてませんと、、、お返事

 

何としても、この「音」を

後世に残していきたいと願った私の想いも、、

 

後から奥さんに聞いて分かった事ですが

もうすでにこの時点でご病気が進行されており、

 

人に教えられる状況になかったと、、、

 

残念ながら、直接ご本人から

教えていただく夢は永遠に叶わぬ夢に

なってしまいました。

 

 

それでも、今

わたしはこの五十嵐さんから

受け継いだ大切な「道具」があって

桶作りをさせてもらっているんです。

 

 

私のそんな「想い」を

理解してくださった五十嵐さんの奥さんが

 

大切な大切な職人の命である

「道具」を私に譲ってくださいました。

 

 

奥さんからいただいたのは「道具」

だけじゃありません。

 

長年夫婦二人三脚での桶作り、、、

 

私が見てきたことでよければ

伝えてあげられる、、

 

お父さんが教えてあげられなかったけど、

私にできることがあれば協力したいと、、、

 

一時は諦めていた、

五十嵐さんから教えてもらいたいという

「夢」がこうしてつながっていったのです♬

奥さんから教えてもらった桶作り↑

 

たった一人の人の生き様が

人の人生を大きく変える、、

 

そんな「出会い」って

みなさんにもあるでしょうか??

 

先日、

いつも遠く秋田から私のその後を

気にかけてくださっている五十嵐さんの奥さんから

 

こんなお手紙をもらったんです↓↓

 

 


人は、人にあこがれ

こういう人のようになりたいと思えば

おのずと努力をおこたらない。


 

そして、更に

その後こうつづられてました↓↓

 

人は、人を決して「指導」することはできない、、

 

私は、この言葉を見てハッとしました。

 

先に立つ者の役割、

真のリーダーシップ、

社長としての在り方、、、

 

組織が育ち、役割が増え

責任が重なっていくたびに

 

思い悩む日々がここ最近

私も増えてきたんですが、

 

その都度、

どう指導したら少しでも良い方向へ

行くのか?

そんな事ばかり考えてました。

 

でも、そうじゃないって

五十嵐さんの奥さんのお手紙から

あらためて気付くことができたんです。

 

 

人は人に憧れて努力する。

 

まさに私は、

直接ご本人から教えてもらうことが

なかった「五十嵐修」というその生き方

 

その背中に憧れここまで努力を

積み重ねる事ができたんです。

 

奇しくも、

そんな五十嵐さんに初めて会ったときの

写真が、

 

この後ろ姿、「背中」の

写真しかないという事にも

 

やっぱり何か意味を感じてしまいます。

 

自分が心から憧れた存在、

 

直接教えてもらうことは

なかったけれど、

 

たくさんの大切なコトを

教えてもらった大きな存在。

 

まさに奥さんの言われる通りなんです。

 

人を「指導」するのではなく、

 

あの人のようになってみたい、

あの人のような生き方をしてみたい、、

 

そうやって憧れる「背中」を

魅せ続けられることこそ、

 

真のリーダーなのでしょうね。

 

こうやってやるんだよ、

そう指導して

それを上手に淡々とできる人や社員を

育てることじゃなくて、

 

こんな事がやってみたい!

 

やってみたいを自ら創造できる

人や社員を育てるには、

 

自分自身の生き様にかかっているんだと

もの凄く実感する立場に私も

なってきました。

 

そうは言っても、

まだまだ偉大な「五十嵐さん」の

背中は果てしなく遠いし、

 

もしかしたら

永遠に追いつけないのかもしれないけれど、

 

追いつく事が大事じゃなくて、

追いつく努力をし続ける

 

そんな背中を見せ続ける事が

なにより大事なんだって

 

少しずつ分かってきました。

 

だから、人は学びも努力も人生も

「永遠」なのでしょうね。

 

仕入れた原木から

早く1号機完成させていとワクワクしてます( ;∀;)

 

その「音」が、

あの時感じた

 

五十嵐さんが作ってくれた「音」に

なるまで、

 

頑張り続けます♬

 

さて、

今日は春の気配感じる暖かさですね♬

 

今日もステキな一日を(^_-)-☆

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この記事を書いた人

  • 三浦 和也(六代目彌市)

    三浦 和也(六代目彌市)

    (昭和55年1月25日岡崎生まれ。AB型。和太鼓零〜ZERO〜代表)
    和太鼓と嫁に年中夢中!
    実は、長男ではなく次男坊。幼い頃は太鼓も親父も嫌いだった私が太鼓に目覚めたのは24歳の時。
    敷かれたレールが目の前になかったからこそ、今描ける野望は和太鼓を通して、世界を救うこと!4人の息子たちもみんな太鼓打ち!受け継いだ大切な「伝統」を後世へとつないでいきたいと思っています。

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