六代目ブログ

修理・張替

伝統発信ブログ

99.9%の向こう側。~『出世大太鼓』再生の軌跡~

ずっと不安でした。

 

今回の「不安」という私の感情は、

いつもの「ソレ」とは全く違っていて、、、

 

そもそも、この巨大な太鼓が

 

・できるのか?

・できないのか?

 

という不安では決してありません。

 

 

 

このプロジェクトに足を突っ込んでしまったことによって

ここに至るまで様々な、

 

・時間の投資

・コストの投資

・設備の投資

 

を重ねる必要があり、もう後戻りができない状況。

 

もし、、、

もしも、、、

 

もしも本当にこれが「カタチ」にすることができなかったら、、、

 

大切な社員を、家族を

とんでもない事に巻き込んでしまったのではないか、、、

 

できるのか、できないのか?という

「職人」としての不安ではなく、

「経営者」としての責任からくる不安でした。

 

 

未だに、頭の中は

夢の中にいるようで、、、

 

フワフワして、なかなか

日常に戻ってこれませんが、

 

私には、もう一つ

「記憶」「記録」に残す大切な仕事が残っているので

 

今日は、

「出世大太鼓」再生プロジェクトの物語りを

書き綴っていきたいと思いますm(__)m

 

 

99.9%の向こう側。
~『出世大太鼓』再生の軌跡~

 

それは、コロナ禍が続く

2022年春のことでした。

 

突然、三浦太鼓店に

この地域では聞きなれない「東北なまり」の方言で一本のお電話が♬

 

———————/

「青森ねぶた」祭りで出陣する、

出世大太鼓の張り替えをやってもらえる太鼓屋さんを探してます。

 

話しを聞いてもらないだろうか?

———————/

 

青森ねぶた祭り??

 

ご存じの通り、巨大なあの「ねぶた」が練り歩く

「日本最大祭り」と称される祭り。

 

我々も行ったことはないけれど、

テレビではよく見る世界。

 

この時点で、

何となく「大きな太鼓」であることは察しがついて、

 

すぐに

私は「質問」を返しました。

 

———————/

ちなみに、太鼓の大きさはいくつですか??

———————/

 

すると、

「とーしゃくです!!!」

 

と、お返事。

 

「とーしゃく!????」

 

頭で考えてもピンと来なくて

数秒間、考えるわたし。

 

もしや、

「とーしゃく!????」

 

って、

 

「10尺(とーしゃく)!????」

 

って、事ですか??

 

そう尋ねると、

 

そーです!

「10尺(とーしゃく)です!」

 

( ;∀;)

 


・1972年に製作された「出世大太鼓」。当時日本一の大きさであった。

 

 

この時、お電話で聞いた

東北なまりの「とーしゃくです!」の響きは、

 

今も、頭の中で

ハッキリと聞こえてくるんです( ;∀;)

 

———————/

もちろん!できます!

お任せください!

———————/

 

と、お返事した訳も、

するわけもなく、、、

 

ただ、

お電話口から切実たる「想い」だけは感じ取れたので、

 

その場で「断る」こともできず、、、

 

お話しだけでも

聞きましょうか??

 

 

となり、

翌月にはこの「出世大太鼓」の持ち主である

 

藤本建設様の社長さん、

そして、

 

お電話くださった

出世大太鼓総監督の稲葉さんが

遠路はるばる、遠く青森から愛知の三浦太鼓店までお越しくださったのでした。


・出世大太鼓の所有者である「藤本建設」社長さんと、太鼓総監督の稲葉さん。

 

 

2022年7月のことでした。

 

 

 

この太鼓を作られたのは、

青森の『渡辺太鼓店』さん。

 

 

予備の皮がすべて破れてしまい、

10年以上前から新しい皮の製作を依頼し続けてきたそうですが、

 

残念ながら、これだけの大きな太鼓の皮が

今では、入手することができず、、、

 

2022年に、とうとう

製作元の渡辺太鼓店さんが廃業。

 

そこから、全国各地の太鼓屋さんを訪ね歩き

 

遠く愛知の

我々三浦太鼓店までお話しが来たという訳でした。

 


・予備の皮がすべて破れ、10年に渡り張り替えをできるところを探していた。

 

 

できるとか、

できないとか言う以前に

 

このお話を聞いた時、

何か「とんでもない事」がはじまる予感だけはしていて、

 

時系列を、細かく「記録」残しておく必要がありそう、、、

 

そう思い、

私はすべての「流れ」を書き残していく事にしたのです。

 


・この時、何か大きな事がはじまる「予感」だけはしていた、、、

 

 

 

そもそもなぜ?
「皮」が作れなかったのか??

 

 

みなさん、ご存じ「和太鼓の皮」

主に牛の皮を使います。

 

お肉として美味しく頂いた後の

副産物として、

 

余すことなく大切にその命、

『素材』を使わせていただいるのですが

 

「皮」を取るために、牛を育てている訳ではなく、

あくまで美味しい「お肉」として頂くために牛は育てられているので

 

牛さんも、現代では

早く美味しい「成牛」に育てるための品種改良だったり、

 

年を重ねて、大きく育てることにより、

様々な「病気」になってしまうリスクを回避するため

 

我々日本人が、現代

お肉としていただいている牛さんの年齢は

 

わずか、2歳足らずなのです。

 


・お肉として頂く牛さんの年齢はわずか2歳足らず、、、

 

 

年齢は2歳前後であっても

「品種改良」も進み、ある程度の大きさには育つものの、

 

当然、今回のように

10尺(直径3メートル)を越えるような皮は取ることができません。

 

 

10年探しても皮がないことをご存じの

藤本建設さんも、その事は深く理解されており、

 

とうとう

牛から育てなければならないのか??

 

そこまで、覚悟を持って

ご相談に来られておりました。

 

そんなお話をいただき

我々でも、できる範囲にはなるけれど情報を集めてみますm(__)m

 

という事で、

まずは我々のできる限りの伝手を頼って「情報収集」をしてみます、、、

そうお約束したのです。

 

 

そんな折、探し始めて数か月が経ったある日。

 

偶然にも、

これは、本当に偶然の偶然なのですが、

 

千葉県の農業試験場という所で

飼育されていた巨大な6歳牛のホルスタイン種

 

その名も業界では『大牡(だいぼ)』と呼ばれる大きな牛が

間もなく食肉として加工されることを知ります。

 

それも、6頭も。

 

 

かくして、

この巨大太鼓を張り替えるプロジェクトが

 

にわかに、でも着実に動き出して行くのでした。

 

 

巨大牛『大牡(だいぼ)』との格闘

 

さっそく、入手した「大牡」の皮。

 

入手できたことは、一歩前進だったものの、

これだけ大きな皮を扱った経験もなければ、

 

我々にとっても未知の「素材」。

 

果たして本当に

太鼓の皮に加工できるのか?

 

大きさが、大きいイコール

皮の「厚さ」も半端ない!

 

太鼓の皮というのは、

厚さを「均一」に揃える目的や、「音作り」のために

皮の裏側を「皮すき用」の特殊なカンナで削るのですが、

 

そもそも、この皮はちゃんと我々の道具で削れるのか???

 

とにかく、

2人がかりでまずは削ってみることに、、、

 


・これが皮をすく特殊な「カンナ」

 


・あまりに皮が巨大なため、2人がかりで削ってみる。

 

 

想像はしていたモノの、

とにかく厚くて硬い。

 

それでも、何とか削れることだけは分かったので

ここで腹をくくります。

 

とにかく削って削って、

目指す厚みまでやってみるしかない、、、

 

 

聞けば、渡辺太鼓さんも

「りんご箱」3箱分は削って削って仕上げられたそう、、、

 


・これが厚さを削り終えた皮の削りカス

 

 

 

手にマメを作りながら2人がかりで

三日三晩、削りに削って

 

とうとう目標の厚みまで削ることができたのでしたm(__)m


・削り終えた大牡の皮。

 

ただし!

ここまできて

 

この「10尺」という太鼓の大きさが

いかに半端ない大きさであるか!を実感することに。

 

入手した6頭のうち

もっとも大きかった皮を「1枚」

3日間かけて削ってみたのですが、

 

実際の太鼓にするために必要な

「型紙」にあててみるとこのサイズしかありません↓↓

↑削った最大の1枚が中心に置いてある皮。

 

周りのブルーの部分は、

この巨大な太鼓を作るのに必要な皮の大きさ。

 

 

見て分かっていただける通り、

全くもってサイズが足りません( ;∀;)

 

 

さて、どうする??

 

実は、昔からこういう時に

皮を「つなぐ」という技術が存在するのです。


・皮をパッチワークするように縫い繋いでいく技

 

「つなぐ」技術はあるとしても、

 

さて、一体どれだけの大きさを縫い

つないで行けばいいのか??

 

目標サイズの「型紙」にあててみるとこうなりました↓↓

 

 

中心の青い部分が、

先ほどの巨大な1枚がくる箇所。

 

その周りに敷いた皮が

新たに「つなぐ必要がある皮」

 

なんと!?

新たにつなぐ周りの皮だけで、

 

6頭入手した大牡の皮の「4頭分」も使わなければなりませんでした( ;∀;)


・中央に最大の大きさの1頭分、まわりにつなぐ皮で4頭分。合計5頭の大牡を使用。

 

これが、いかに

とんでもない規模のサイズなのかということはご理解いただけるかと思いますm(__)m

 

 

こうして、とうとう

皮をつなぎ合わせてることに成功。

 

青森からご相談いただいてから、

ここまで約2年の歳月が経とうとしていました。

 

 

いよいよ!皮張りの時。
~果たして皮は目標サイズまで伸びるのか!?~

 

 

ここまでの流れで、

青森からご相談いただいてから、

約2年の歳月が経とうとしていました。

 

そして、とうとうこの皮を「張り上げる時」が来ます。

 

 

足かけ10年差がし続けてこられた藤本建設さん

太鼓総監督の稲葉さんも、

 

この日のために、

青森から再びご来店。

 


・ご来店どころか、太鼓づくりをがっつりサポートくださいましたm(__)m

 

 

また、この大牡の皮入手にあたり

さまざまなご苦労とご縁をつないでくださった

 

「原皮」の加工業者の方も加わって、

三浦太鼓店のスタッフ総出で、この日を迎えました。

 


・プロジェクトに関わるすべての仲間たちを加えていよいよ作業開始。

 

 

あとは、踏んでは伸ばし、

伸ばしては踏んでの繰り返し。

 


・踏んでは伸ばし、伸ばしては踏んでの繰り返し。

 


・半日かけて、繰り返し繰り返し作業。

 

 

このとき、

明確な「目標サイズ」まで伸ばしきる必要がありました。

 

 

明確な「目標サイズ」というのは、

縫いつないだ箇所が、太鼓の「打面」に出ない事。

 

 

どういう事かと言いますと、

 

今回、あまりに巨大な太鼓のために

何カ所か「縫いつないで」1枚の巨大な皮にしましたが、

 

その「縫いつないだ箇所」

太鼓に完成したとき、「打面」に縫いつないだ箇所が出てしまったら

 

今回のプロジェクトは「失敗」に終わってしまうのです、、、

 


・縫い繋いだ箇所が「打面」に出てしまったら失敗。

 

 

藤本建設さんも、

ここにはやはり、並々ならぬ「こだわり」を持たれていて

 

打面に、縫いが入る=それは太鼓ではない。

 

と、依頼当初より明言されておりましたので

目指すサイズまで、何としてでも伸ばしきる必要があったんです。

 


↑こんな風に縫い繋いだ箇所が打面に出ないようにしたい、、、、

 

 

初日の作業を終え、

果たして!

我々の目指すところまで伸ばしきることができたのか、、、

 

恐る恐る、目標サイズの型紙をあててみる。

 


・初日作業を終えて型紙をあててみる。

 

 

 

ダメだ、

伸びてない、、、、

 

ほんのわずかではありますが、

このままでは打面に縫い目が出てしまう、、、

 

「失敗」だ。

 

この時の、感情は

一生忘れないでしょう。

 

これまでの約二年の経緯と準備。

 

そして、

この巨大な皮との格闘と投資。

 

「経営者」として「職人」として、

また施主さんの想い、

社員の想い、、、

 

すべてが頭の中で巡り巡っていました。

 

 

決断の時。

 

明確な目標がある以上、

誰かが「決断」しなければなりません。

 

その「決断」をするのは、

他の誰でもなく私の役割。

 

1日かけて進めてきた

すべての作業を一旦元に戻してバラし、

 

振り出しに戻そうと

私は、「決断」したのでした。

 


・初日を終え、もう一度ゼロからの再チャレンジ。

 

 

翌日、また再チャレンジしましょう。

 

そう、伝えたものの、、、

 

この時点で、実は

私の中で「答え」は出ていたんです。

 

もう、これ以上伸ばすことはできない。

 

これは、

逃げているわけでも、

諦めていたわけでもなく、

 

これまで、

私自身が三浦太鼓店の六代目として「経験してきた過去」から判断したとき、

 

これ以上、

この皮を伸ばしきることは不可能だ。

 

そう感じたのです。

 

だから、翌朝の朝礼で

みんなにこう伝えました。

 

 

 

昨日までのゴールは、

目標まで伸ばしきる事。

 

でも、

今日からのゴールは

「カタチ」にすること!

 

これまでのみんなの努力が、

この「大牡」自身の努力がせめて報われるように、、と

 

ゴール設定を目標サイズまで「伸ばす」ことから、

「カタチ」にすること!に変更しよう、、、

 

そう伝えたのでした。

 

 

99.9%の向こう側。
~その先にあったモノ~

 

 

 

伸ばし始めて、2日目。

 

目標まで伸びないかもしれない、、、

そう伝えたにも関わらず

 

現場で唯一、諦めていなかった人がいたんです。

 

それが、今回のプロジェクトに

関わってくれた「仲間たち」

 

彼らの「目」は決して、諦めていませんでした。


・巨大な牛と格闘する仲間たちの「目」は決してあきらめていなかった。

 

 

 

———————/

早く行きたければ、一人で行け

遠くまで行きたければ仲間たちと行け

———————/

 

この「伝統」の家業を継いだ時、

この素晴らしい文化をどうしたら?後世に残すことができるのか?

 

必死に考え、考えぬいた末に

たどり着いた私の答えが、

 

遠くまで行くために、仲間たちと行く!

 

という選択だったんです。

 

そのために、会社にしてきたし、

そのために仲間たちとこれまで必死に守りつないできた伝統。

 

誰より、その仲間たちが私を信じ、

自分たちを信じてくれていました。

 

そして、とうとう

その仲間たちの『想い』が本当の奇跡を呼び起こします。

 

 

 

私は、これを

三苫の一ミリならぬ、三浦の一ミリと呼びたい( ;∀;)

 

人と人がつながり、

『同じ方向』を向いた時、起きた『奇跡』。

 

 

この時の『感動』は一生忘れることはないでしょう。

 

前日の作業を終え、

私は『99.9%』今回のプロジェクトは

成功に至らないと思っていました。

 

先にも言った通り、

それは過去の私のすべての経験値から来る判断で、

 

昨日までの私だったら、

おそらくそうなっていたと思います。

 

でも、まさか!?

その先の世界が本当にあったなんて、、、

 

———————/

遠くまで行きたければ仲間たちと行け

———————/

 

このことの

本当の意味を知った瞬間でした。

 

 


・共に闘い抜いた仲間たち。

 

 

最後に。

 

今回の巨大な太鼓。

皮をパッチワークのように『つなぐ』技術が使われていますが、

 

実は、巨大な太鼓だけに使われる「技術」では決してないのです。

 

数ある太鼓の種類の中に、小鼓(つづみ)という

小さな楽器がありますが、

 

その小鼓(つづみ)の皮を作る際に

必要不可欠な技術なのです。

 


・先代のじいちゃんが残してくれた技。我々の業界では、『たこ張り』と呼ぶ。

 

 

我々の扱う「和太鼓」というのは

日本の「伝統」楽器であるという事。

 

その「伝統」という言葉の中には、

幾多モノ「先人たちの知恵」が積み重なって『今』があるということなのです。

 

今回の、巨大な太鼓。

我々の「技術」だけがすごかったから上手く行ったわけではありません。

 

そう考えれば考えるほど、

今、自分たちの目の前にあるモノすべてが

 

自分たちだけのモノではないこと!

 

そう思えば思うほど、

 

いただいた「大切なモノ」

次の時代へ「贈るコト」

 

 

今回のプロジェクトを通して

あらためて強くその事を実感させていただきました。

 

 

また、大切な仲間たちと共に、

あらたな挑戦の日々へと続いていきます。

 

 

 

この記事を書いた人

  • 三浦 和也(六代目彌市)

    三浦 和也(六代目彌市)

    (昭和55年1月25日岡崎生まれ。AB型。和太鼓零〜ZERO〜代表)
    和太鼓と嫁に年中夢中!
    実は、長男ではなく次男坊。幼い頃は太鼓も親父も嫌いだった私が太鼓に目覚めたのは24歳の時。
    敷かれたレールが目の前になかったからこそ、今描ける野望は和太鼓を通して、世界を救うこと!4人の息子たちもみんな太鼓打ち!受け継いだ大切な「伝統」を後世へとつないでいきたいと思っています。

    詳しく見る 詳しく見る

お問い合わせ・資料請求

お問い合わせご質問は、商品に関する事・価格に関する事
どんな事でも結構です。お気軽にお問い合わせください!
下記フォームにて24時間いつでもお気軽にどうぞ!
お電話でのお問い合わせは、営業時間内で承ります。


お知らせ一覧へ

または

0564-64-6785

トップ